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Nikki!

べんぞーのひとりごとさいと

人生の賞味期限について

転職して初の三連休の初日だったので、今日は桃井はるこの過去ログを一日中探しまわっていた。


桃井はるこ」ことモモーイは、今の十代はほとんど知らないだろうが(と言ってもこのエントリを読む人の中に10代がいるのか甚だ疑問だが)、ちょっと前のオタク世代にとって絶大な支持を誇る元祖バーチャルアイドルだった。


と、大きな口を叩いてみたけれど、実はぼくはモモーイの事はほとんど知らない。

ぼくがオタク世界に本格的にハメられてしまった頃(大体2003年くらい)はモモーイの結成したバンド、「UNDER 17」は解散直前だったし、まじかるナース小麦ちゃんだってOVAとして既に発売されていた後だった。「げんしけん」でくじびきアンバランスを歌っていた頃だってキャラデを担当した八雲剣豪氏に夢中でそれどころじゃなかった。バーチャルネットアイドルだって「そこ」から入った人間にとってそれは大して異質なモノとは感じなかった。単純に対象年齢じゃなかったのかな。

では何故モモーイに今これほど焦がれているのか。
それは彼女がインターネット黎明期における象徴であるからに他ならないからだと思う。

モモーイは過去自身のホームページで書いたログをすべて残していて、それ
を今も読むことが出来る(戦略的かはともかくそれが彼女の魅力を一層引き出していると思う)。


モモイハルコのフィクション日記 2004/01/2

2000/03/10
深夜のファミレス。わたしは今日から現実世界でもインターネットにいるような雰囲気で生きていこうかなあと思った。というのは、例えば気になる人がいたら即座に声をかけるとか、行きたい場所があったらもっと気軽に行ってみるとか。その場だけでどう思われるかなんて過剰に気にして、大切な出逢いを逃してしまうかもしれないと思うともったいなくなってくるよ。そうだよ、この世がコンピュータネットワークで、わたしたちは名前を割り振られた、なにかにリモートされた存在なのかもしれないんだよ。


2001/04/08
ネットで出会ってネットで終わる関係の名前が、なにか欲しい。「インターネットでいろんな人に出会った」と言う表現って、しっくりこない場合もある。OFFで会う関係なら別だが、ネット上だけだとなんか「人」という感じがしない。お互いの発言を気に入りあう存在。言葉のおおもと。発言主。肉体は遠いけど「通」じ「信」じ合う、なんかそういう呼び名がほしい。ネットで不思議なのは、ものすごくがんばって作っている「作品」のページより、くだらないっぽい日記のほうがまた、読みたくなったりすること。甘いココアをすすりながらページビューするこっちがわの姿勢の問題?



読めば読むほどあと数年早く生まれていれば・・・!と思う。

残念ながら今のインターネットでは90年代の桃井はるこの活動を客観的に深く掘り下げる事は相当難しく、彼女自身の打ち込んだ直打ちHTMLからなんとなく当時の雰囲気や彼女自身の気持ちを察することしか出来ない。
しかし、当時の桃井はるこの文章から汲み取れるのは明らかなインターネット自身への期待と、インターネットから生まれる"ナニカ"への期待だ。それを20代前半の大人になりきれず、かと言って十代の思春期でもない特有なメンタルの筆致で絡めて書いいている様はとても魅力的で、まさに"バーチャルアイドル"そのものだと思う。

2001/01/13
インターネットがらみのことを綴った新聞や雑誌のコラムなどで、ネットを使わないという人のこういう発言を何度か見る。「情報は、新聞、雑誌、テレビ、ラジオで十分。これ以上あっても過多」。こういう人にはきっと何を言ってもこの感じは伝わらないんだろう。ネットは恍惚の媒体だ。わたしにとって、ネットはゲームだ。みんなに向かって降って来るものの中から自分向けのものを上手にキャッチするのではないよ。古本屋とかで、おめあてのものがたまたまあったときの快感が、うまくすれば連続的に味わえる。自分だけを待ってたであろう情報と、それを作ってる人とのモニタ越しのスピーディで感動的なめぐりあい。でもね、なにより、自分の中に涌き出たものをなんでも吐き出す場所があるというなんともいえない安心感(「王様の耳は…」の穴かも)。やさしい野原だ。でも…こういうところに文章が掲載される人は、すでに自分の場所を持ってるし、現実世界でも積極的なんだろうからストレスはないのか!?
いつも思うんだけど、ウェブページは、どんなに来る人の人数が増えても1on1の感覚でいたいし、いてほしい。通信メディアである以上それは事実なんだし、忘れてはいけないことだと思う。
インターネットというものはあと何年先まであるのかな。そしてその次はなんという名前のどういうものなんだろう。電球を発明したのはエジソン。電話を発明したのはグラハム・ベル。インターネットを発明したのは!? そこからして、いままでの発明とはノリが違う


つまるところ、ぼくは桃井はるこを通して過去の自分を懐古し、その先にある自分を分かりたいのだと思う。

1999/08/07
今日もなかなかがんばったよっ。ああ、でも本当にインターネットに感謝。わたしは実生活ではそんなに素直な人間ではないと思う。でもモニタの前だとおもいっきり自分を出してしまう。なんとゆうか、文字のコミュニケーションのいいところとリアルタイム性を併せ持ったこの空間は、わたしの心をちょうどいいぐあいに開放してくれるのです。でもやっぱりうれしいのは結局この文字の向こうには誰かがいてくださるであろうということ。だけど、つかずはなれずな距離感。こんなものがあってしまったら、彼氏彼女ナシの人生っていうのもほんとにアリだと思う。インターネット貞淑。硬派。ナンパ?(笑) そんなのは不健康だって言われそうだけどかまわない。でもねえ…わたしは未熟者だから、本当に好きな人には、実際に会いたくなってきちゃったりするんだよね。やっぱりまだ人間をやめきれてないな。Next Stageへ行きたい。





桃井はるこが自身の個人HPの日記更新を止めたのは2004年。27歳の時だ。
そしてブログへと移行し、年を経るに連れ、彼女は過去個人ページで書かれていたような自身の内面を語らなくなった。どれだけ素の内面を誠実にさらけ出し、美しく描くことが出来ていたとしても、傍から見れば沢山語れば語るほど浅薄に映るものだし、本当にさらけ出したい事は不特定多数ではなく、伝えたい誰かに伝わればそれでいいものだ。

インターネットはWebAppが主流となり、静的なページは駆逐され、個人制作のホームページはすっかり敷居の高いものとなった。黎明期にあったインターネットに対する独特の期待感が失われてしまったとしても、今日もパケットはただそこを流れていて、現実もただそこに存在している。

そう言う時代をぼくは生きている。

2001/03/14
いろいろひとりでやってた。電車の中では百年前の天才のテキストを読むか、ついさっき書かれた愛する人のメールを読むか。寝るか。選択肢が沢山ある豊かな世界だ、東京だ。